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        <title>冷凍牛乳箱</title>
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        <description>please Mind The Gap!</description>
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            <title>インターネット上に展開する音楽レーベルを運営してた、という昔話</title>
            <description>若かりしころの思い出を書いてみようと思う。

そう、某巨大掲示板があまり巨大じゃなかった頃で、自分のグローバルIPを知るためにアクセスするあのサイトがまだアングラなサイトとして情報提供を行っていた頃。人々はやたらと串やらクッキー食べ残し注意やらを気にしていた頃で、テレホーダイが輝いていた頃。ネットの海に日本海溝があったころ。サーフィンとか言ってた頃。

僕は思いつきでインターネットを中心に活動するネットレーベルを立ち上げた。
※若気の至り

素敵なウェブサイトをホームページビルダーで作成し（これも以後も基本的に殆ど笑うところ）、ウェブリングに参加し、アクセス向上のために複数掲示板で所属アーティストの募集をかけ、ICQでI SEEK YOUしたりもした結果、日本全国からいくつかのデモテープやらデモMDやらが届いた。

恐れを知らない僕はレーベル代表を名乗り、本物のインディーズレーベルの代表の方とネット上での音楽展開についてメールで意見交換したり、届いたデモテープに対して「うん、まあいいんだけど歌がちょっとやばいよね」とか「バンド名がダメ」とか、まあとにかく偉そうだったと思う。単なるガキなのに。

で、選定した結果として数組のアーチストを集めた。当時はCD-Rすら希少というか高価だったので、所属アーチｒｙのデモ音源からハムノイズやらヒスノイズやらを取り除いたり波形編集なんちゃらしたあげくCD-Rに焼いてあげたりした。いやお金もらって焼いてた。んでネットで販売するわけです。ちなみに視聴はRealPlayerでできるのよ。Y!のインデックスに登録されただけで歓喜してた。確かにアクセス数は急増したけれど。

そういえば1人だけ、うちで焼いたCD-Rをデモとして配って徳間ジャパンのレーベルからリリースした人もいたけど、あの人元気かなあ。

当時は楽天なんちゃらも祐天寺にある小さい会社でしかなかったし、ネットでモノを買うなんてのが一般的じゃなかったけれど、普通にCDが売れてたのが今思えば不思議だと思うのと同時に、ああ、あれが僕の初めての起業だったんだな、と思う。

若いってのは恐れを知らない。素晴らしいことだ。

でもまあ儲かるほどでもなかった。そもそもCD焼くのとCDのレーベル面印刷するのが超めんどい。

その後レーベルはどうしたかというと、全国のCD-Rドライブ保持者を生産工場とすることで生産力を倍増する計画を実行しようとしつつも、自分自身のバンドに打ち込むのが楽しくなってしまい代表でありながら放置。悪名高き光○信（笑うところ）のレンタルサーバ＠月１万円を解約し、希少だった独自ドメインともさよならした。閉鎖です。

そうそう、光通○のレンタルサーバは契約するときにラウンダーの女性営業がわざわざ来た。そういう営業ルールになってるとかなんとかで。実家に住んでたから実家の部屋にね。そこで契約ですよ。あれは今思えばすごいことですよ。

あ、それともうひとつ。レーベルやめるときに所属してた人に「やめるよー」て伝えずに閉鎖しちゃった。みなさん、ごめんなさいね。</description>
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            <pubDate>Wed, 18 Aug 2010 23:51:56 +0900</pubDate>
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            <title>富士登山の写真を追加してみたよ</title>
            <description><![CDATA[先日のエントリに富士登山の写真を追加してみた。宜しければご覧くださいな。

<ul>
	<li><a href="http://frozenmilk.net/2010/08/post-607.php">かなり久しぶりに富士山に登頂してみた - 冷凍牛乳箱</a></li>
</ul>]]></description>
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            <pubDate>Sat, 14 Aug 2010 00:14:07 +0900</pubDate>
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            <title>私信みたいなもの</title>
            <description>最近の自分がどうかといえば「欲」がなくなってきたように思う。
たとえば、

たくさんお金がほしいとか、
長生きしたいとか、
美女をGETしたいとか、
高級で美味しいご飯が食べたいとか、
明け方まで酒を飲み明かしたいとか、
幸せな家庭を築きたいとか、
我が子がほしいとか、
有名になりたいとか、
歴史に名を残したいとか、

そういうものがゼロではないにしろゼロに向かい始めている、薄らえていっている気がする。前は喉から手が出るほどの渇望だったのに、もうそんなことはない。

その理由は厳密にはわからない。でも年齢的なものが大きいんじゃないかとも思う。僕には過去にたくさんのチャンスがあったように思え、そして僕はそれらを自らふいにしたようにも思える。それが因果であろうとなかろうと、過ぎ去った時間を取り戻すこともできないし、人はどんどん歳をとる。

悔いのない人生を送っている人なんて、本当にいるのかな。
悔いがなければ、その逆の満足や喜びもないんじゃないだろうかな。

パワーがなくなったわけじゃない。何もかもがどうでもよくなったのか？といえば、そうでもない。一生涯で実現したいものは以前よりは具体的に見えてきたし、それに向かうモチベーションは高い。自分の役割が何なのかについても自覚できるようになり、前に増して自分自身を知ることができている。

そう書いてみて至る結論。

良く言えば、自分自身の在り様をある程度は制御できるようになり、心穏やかになった。
悪く言えば、つまらない男になった（んじゃないか？）。

若さってのは、盲目な一心不乱さだよなあ。
歳をとると目が見えてくるから、一心不乱になれるものが途端に減る。

だから、一心不乱に打ち込める「これだ！」というものを早々に見つけないと、生きる屍になってしまう気がする。

焦燥感ですかね。

独り言かつ私信でした。</description>
            <link>http://frozenmilk.net/2010/08/post-608.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">日常雑記</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 11 Aug 2010 00:55:17 +0900</pubDate>
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        <item>
            <title>かなり久しぶりに富士山に登頂してみた</title>
            <description><![CDATA[日本一の高さを誇る富士山。といっても登山初心者にも夏山の富士山は易しい。

そんな富士山にはじめて登ったのは小学校のころだった。八合目で泊まりご来光を見たのだけれど、ご来光よりも星空が美しかったのを覚えている。

齢30を超え、中年の仲間入りを果たそうとしている自分。いやもうすでに果たしているのかな。この夏はなんだか猛烈に「なにか辛いことに挑戦しなければならない」という感覚に襲われていて、その結果として富士山に登ることにした。

辛いことに挑戦しなければならない。そんな風に思う理由は、辛さを乗り超えないと自分は成長できないと思い込んでいるからだと思う。考えてみればこれまでもたくさんの辛いことがあったからこそ、今の自分がいるようにも思うし、これからの自分を作っていくのに必要なことだから。日々の生活の中で特段辛いイベントが起こらないのであれば、自主的に辛いイベントを起こすこともひとつの努力じゃないのかな、と。

そんな思いで富士山はバスを予約した当日に登ることにした。一応それなりの山に登るんだからとちゃんと準備はしていた。その前の週には陣馬山から高尾山へ7時間かけて縦走もしたし、ザックやウェア、ヘッドランプもそろえたし、登山靴とレインウェアは友人に借りた。

辛さを求める。でも辛すぎると乗り越えられない。自分に見合った適度な辛さ。それがナイトハイク。夜22時に登り始め、8合目もしくは山頂でご来光を見て下山するという、いわば日帰りコースといえるもので、宿泊はしない。それに挑戦することにした。一緒に登りたい人も登ってくれそうな人もいないし誰かがいると甘えが出そうだったので一人で。

22時ころに5合目着。30分ほどこれまでやったことないくらいの柔軟体操をして身体を馴らす。22時30分ころに登山開始。

5～6合目は下ったり上ったりの道でそれほど険しくない。初装着のヘッドランプの調子を確かめつつ、自分でも遅すぎると思うくらいのゆっくりペースで一歩づつ踏み出す。ヘッドランプは思っていた以上に快適で、真っ暗ながら足場の不安は感じられない。

6～7合目で濃霧が発生する。頭の上からライトを照らしても霧にライトが反射する関係で足元が見難い状態。だからライトを首にかけてみた。足元が途端に見やすくなる。どんなときも試行錯誤って大事だな、と。

7合目。このあたりで明らかに酸素が薄いなってことを身体が感じ始める。呼吸が乱れると酸欠が起こる。酸欠は高山病を引き起こすかもしれない。なんて思いながら常に深呼吸しながら進む。空気がおいしい。酸素が薄い。空気は美味い。酸素も美味い。自然を身体で感じるってのはこういうことだなあ、なんて考えながら淡々と進む。

7合目～8合目は岩がゴツゴツしていてロックライクミングとまではいかないものの、なかなかハード。

8合目。極寒にて持参した衣類、レインウェアをフル装備する。7合目くらいまでで結構汗をかいたので、それが冷えてますます身体を冷やす。最初のほうは若干寒くても薄着で登り続けたほうが後々寒くなくなるんだなあと少し後悔する。山小屋できつねうどんを食べ、コーヒーを飲む。身体が温まる。

この頃、時間はam3:30くらい。中途半端に登る途中でご来光を見るよりも、ここで見たほうが良いなと思いご来光を待つことに。自分の目が悪くなったからなのか、そらが曇っているからなのか、それとも心が曇っているからなのかわからないが、小学生時代に見たような満天の星空は広がっていなかった。まあ、たぶん目が悪くなってるから。

<a href="http://www.flickr.com/photos/frozenmilk/4888193848/" title="Mount Fuji by mittyoi, on Flickr"><img src="http://farm5.static.flickr.com/4135/4888193848_4fe5f62e7f.jpg" width="500" height="375" alt="Mount Fuji" /></a>

そしてam4:50前後にご来光。雲がまるで海原のように広がり、山並みがまるで島のよう。（見たことがないけれど）天国の風景。そんな中に差し込む太陽の光。輝き。素晴らしいとしか表現のしようがない世界。大自然の偉大さと、その中にいる小さな自分の存在を実感する。登ってよかったと感じる瞬間でもある。

その後写真とってくださいと2回ほど声をかけられ、逆行だからフラッシュたいたほうがいいですよとか言いながら撮り、結構きれいに撮れて喜んでもらえたりしてウキウキしながら登り続ける。

<a href="http://www.flickr.com/photos/frozenmilk/4888198500/" title="Mount Fuji by mittyoi, on Flickr"><img src="http://farm5.static.flickr.com/4138/4888198500_8fe476dc5e.jpg" width="500" height="375" alt="Mount Fuji" /></a>

8合目～山頂までは登山渋滞。夜間登頂に備えて眠ってなかったから眠さがピークに。

<a href="http://www.flickr.com/photos/frozenmilk/4888200074/" title="Mount Fuji by mittyoi, on Flickr"><img src="http://farm5.static.flickr.com/4120/4888200074_37d2212ae6.jpg" width="500" height="375" alt="Mount Fuji" /></a>

山頂についたのが朝7時。

<a href="http://www.flickr.com/photos/frozenmilk/4887600329/" title="Mount Fuji by mittyoi, on Flickr"><img src="http://farm5.static.flickr.com/4078/4887600329_3d31b6251f.jpg" width="500" height="375" alt="Mount Fuji" /></a>

山頂の山小屋でカレーライスを朝食に。山頂でカレーライスを食べるのがカレーマニアとしての目標でもあったので。味はまあ普通。

twitterで「富士山頂なう」とかつぶやいたら同僚が「うちの妹も登っているはずですよ」と。まさかねー、と思いながら周りを見回したら彼の妹さんらしき人がいる。といっても彼の結婚式で一度見かけたくらいだからうすら覚えで間違いかもしれない。

せっかくなので声をかけてみたら本人でした。奇遇にお互い驚く。いや自分はよくあることなのでさして驚かなかったけれど驚くフリをしてみる。ドラマならば恋に落ちるケース。現実なのでそんなことは起こらない。

<a href="http://www.flickr.com/photos/frozenmilk/4888203596/" title="Mount Fuji by mittyoi, on Flickr"><img src="http://farm5.static.flickr.com/4077/4888203596_0a4897a914.jpg" width="500" height="375" alt="Mount Fuji" /></a>

<a href="http://www.flickr.com/photos/frozenmilk/4888204670/" title="Mount Fuji by mittyoi, on Flickr"><img src="http://farm5.static.flickr.com/4117/4888204670_146d50b2d1.jpg" width="500" height="375" alt="Mount Fuji" /></a>

<a href="http://www.flickr.com/photos/frozenmilk/4887605219/" title="Mount Fuji by mittyoi, on Flickr"><img src="http://farm5.static.flickr.com/4078/4887605219_a4b1d3ffa0.jpg" width="500" height="375" alt="Mount Fuji" /></a>

その他頂上からは実家に電話したくらいで、バスの時間も考えて早々に下山。4時間弱で5合目まで降りてきたのでバスを2時間ほど待つことになったけれど、さすがに眠かったこともあり5号目で仮眠ができたので満足。河口湖畔の日帰り温泉に入って帰宅。

なんていう具合の富士登山だった。富士登山は足腰の疲れよりも、酸素の薄さであったり、気温の低さであったり、そういうものとの戦いで、普段の登山に比べたらやはり生死により近いところで戦えるような気がするし、それなりに辛い。でも登山道が整備されていて、登りやすい山で、初心者向けの山だとも思うし、なによりご来光は美しく、山頂に到達したときの達成感は大きい。

この夏にもう一度くらい登りたいなあ。]]></description>
            <link>http://frozenmilk.net/2010/08/post-607.php</link>
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            <pubDate>Sun, 08 Aug 2010 18:50:01 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>連載：起業した頃を振り返ってみた part.1 - 起業に至るその経緯 -</title>
            <description><![CDATA[　なにか大きな出来事があったわけでもないけれど、プライベートな面において最近色々なこと、本当に様々なことが契機を迎えているように思う。そしてそんな中、凡そ4年弱ほどになるのかな、可能な限り沈黙を守り続け、そして自分の中でも若干「無かったこと」にしている「ある事柄」について、そろそろ見直す時期に来ているんじゃないだろうか、と、ふと思う「出来事」があった。

　その「出来事」についてはここでは触れずに、私が沈黙を守り続けている「ある事柄」について今後しばらくの間、見直し、ブログにまとめてみようと思う。

　それは私の人生において重要な転機のひとつであった事柄、「起業」と「廃業」にまつわることなんだ。

<h2>これまで見直しをかけなかった理由</h2>
<p>　過去を思い出すことはよくあることであるし、飲みの席で軽くその件に触れたり、誰かに聞かれて答える、なんてことはあったので、厳密に言えば沈黙を守るなんて格好いい状態じゃない。けれど、あまり進んで話したくないし、また考えたくない事柄であったのは事実。汚点とまではいかずとも負け戦でもあり、決して人様に誇れるようなことではなかったからそもそも誰かに話したくもなかったし（だから元社長だなんて履歴書にも書かなかった・・・あ、これは経歴詐称かな）、廃業後は<a href="http://globis.jp/mw512">トランスナショナル企業</a>としてそれなりに成長を続けている某社の従業員へとサラリーマン成りしたという経緯もあり、過去を振り返るよりは最低でも当面3年間以上はしっかりと Employee としての勤めに徹し、この会社の仕事をやり抜いて、入社した大きな理由の一つであった「グローバル経営のHow to」や「組織論」を学びたい（盗みたい）と考えていたという理由がある。それが学べたかどうかは別として、ね。

　他にもこの企業で学びたいことがたくさんあったから（一人の人間として非常に興味深い創業者を抱える企業なのです）、あえて過去を振り返る余裕がなかった、なんてのも理由。

　ここまではこれで良かったと思っていて、全く後悔したことはない。そして、今から過去を振り返って分析してみても全然遅くないと考えている。いやむしろ、今は過去を振り返って分析したい、もっと言えば分析しなければ「次のステップはない」という気持ちで一杯になっている。

　すでに1点ビハインドで前半戦が終了して、ハーフタイムがこの3年間で、ついさっき後半戦がキックオフした感じ。

　それは焦燥感なのか、何なのか。

　ああ、そうか、そんな風に思うだなんて、私の人生は案外短いのかもしれないなあ。</p>

<h2>そもそも当時起業した理由を思い出してみる</h2>
<p>　当時、自分はなにゆえ起業したのかを思い出してみれば、そこにはたくさんの「想い」があったように思う。今考えてみれば、それらは誰か著名な経営者の伝記に書かれているような、決して素晴らしい「想い」や「志」と言えるようなものではない。けれど、それが自分を未知の領域に突き動かす原動力であったのは紛れもない事実。

　今振り返ってみれば、私は私自身の様々な想いに、独りよがりに突き動かされていたんだ。</p>

<ul>
	<li>理由その1「自分の力を試したかったから」</li>
</ul>
<p>　当時ITベンチャーで働いていた頃の私の収入は、今の収入の約2倍程度にあたる。所得税と住民税がかなりのものだったから、最終的に倍増から激減した次の年の支払いがとんでもないことになったんだ。（税金は前年度の収入がベースになるので）

　で、当時はといえば、まず月にxx万円づつ貯金、その他家賃などを差し引いても全然余る。余ったお金は基本的に衝動買いで消え（かといって車とか大きな買い物をしていたわけじゃないけれど、意味のないものばかり衝動買いしていた）、夜中まで飲み歩き、コストパフォーマンスが高いとはいえない「高くて美味しいもの」を食べ、意味もなく人に奢り、さして知識も得ないままデイトレをやりつつ中国株などにも手を出し（でも信用取引はやらなかった）、投信もやりつつ、外貨にも手を出してみたり。一時期プラスだったけれど、トータルではマイナス。

　無茶苦茶な状態だった。誰かの成功談や、いわゆる「お金持ちになれる本」みたいのに流されまくり、それを実践してみるつもりが実際は損をしていて、まさにお金を持ったことがない人が持つとこうなるんですよ、を地で行くような、アホの典型例と化していた。「就職氷河期世代だけどバブル時代を味わったらこうなってしまったでござる」という自伝が書けるレベルだと思うから、いずれ書いてみることにする。

　このような収入を得ていたその背景。これはそれなりの理由とカラクリで得られていたお金であって、自分の能力、実力がそっくりそのまま反映された収入であった、と言い切れるようなものではない。たくさんの運と機会に恵まれていたこと、それと多い収入分だけ他の人以上に過酷に働いていただけの話。24時間仕事をすれば、2倍もらえるのは当たり前（むしろ3倍働いているんだから少ない）。寝ていてもお金が入ってくるけれど、呼び出されたらオンサイト。そんな仕組みの上に、特技の社内調整とトップダウンと勤勉さを駆使し、私は同僚や先輩を蹴落として、強欲に強引に居座ることに成功した。

　でも若い自分は勘違いした。この年齢でこれだけの収入を得ている自分の能力は、恐らく同年代の中でも比較的高いほうにあるに違いないよ、と。いや、むしろ年代に関わらず、自分は小さな勝ち組に違いない、と。

　なんだ、金稼ぐのなんて簡単なことじゃないか。であれば誰の力にも頼らずに、会社の看板など背負わずに、自分自身の力だけで十分に稼いで生きていけるはずだ。世の中は、至極単純で、簡単だ。必死にならなくても、それなりの仕組みがあれば金なんて勝手に入ってくる。

　そして、自分はそれを作ることができる実力を持っている。負けるはずがない。

　冷静さを失い、実力と収入の乖離に気がつかない程の、自らの能力に対する過信。これが起業をした1つめの理由。</p>

<ul>
	<li>理由その2「こいつができるなら俺にもできるはず」</li>
</ul>
<p>　2つめの理由は1つめの理由と微妙にリンクしている。

　ある日、私が働いていたITベンチャーS社（当時年商10億円程度のSIer）は、また別のITベンチャーE社（当時年商6億円程度、業務内容は後述）に買収された。小が大を飲み込む形。いや、非公開企業だったので、買収されたというのは正しくないかもしれない。S社の経営に疲れきったCEOが、下々には内密に唐突にE社に自社株を譲渡したのだ。
※そのあたり経緯・理由については諸説あるものの未だに真相が不明

　ここからが問題で、このE社は2000年前後のITバブル期に創業されたITベンチャーで、その当時のITベンチャーらしい「キナ臭さ」を持っていた。さしてマネタイズできていなそうなWebサービスを事業の顔として前面に押し出し、他の事業展開はといえばアウトバウンド系のコールセンターや大手家電販売店へのスタッフ出し等。売上げ比率的には後者こそがこのE社の本業で、ITはおまけみたいなものなんだけれど、彼らにはITベンチャー色を前面に押し出す理由があった。

　それは社長がいわゆる「学生起業家」あがりで、年齢も私の1つ下だったということ。買収元は、超若手起業家、というフレーズで売り出し中の男が社長だったんだ。

　時はおりしもライブドア株が立て続けのM&Aとサプライズ、株式分割により暴騰していた頃で、サイバーエージェントの藤田さんの「渋谷で働く社長の告白」がバカ売れしていた時代。既に若手IT起業家が億万長者になるケースは珍しいものではなかったものの、やはりE社社長のはその年齢から、若手起業家として注目を集めていた・・・いやこれも正しく言えば間違いで、色々な仕掛けがあり、彼は「注目を集めている風」に仕立てられていた。数年後にIPOが控えていたから、キャピタルゲイン狙いのお歴々に祭り上げられていたんだと思う。

　そんな超若手起業家のSさん。彼は人間としてはいいヤツだったけれど、自分はそれとは違う感情を抱いた。

「え、こんなアホヅラで一生懸命社長ぶっている胡散臭いヤツが社長だって？なら自分も社長になって成功するのは簡単だ」

　（単なる傀儡かもしれないが）彼のように振舞いたいと願う野心と「こいつに出来て俺にできないはずがない」という過信からくる猛烈な闘争本能、競争心、嫉妬、疑念・・・。

　こんなものに、こんな巡りあわせに、私は追い詰められた気がした。</p>

<ul>
	<li>理由その3「会社勤めが馬鹿馬鹿しくなった」</li>
</ul>
<p>　中間で搾取されるコストがあほらしく感じてしまったから。基本的には、企業体が大きくなればなるほどこの中間コストも大きくなる。案件規模とコスト部門の大きさが見合っているならまだしも、見合っていなかった。単純に、それが見合わない以上は最終的な見入り（収入）は減る。それが分からないジャブジャブ系な人が上のほうでたくさん働いていた。また具体的な方向性も示さず、下の人間に投げっぱなしジャーマンを食らわせながら、自分は悠々自適に暇そうに定時に帰る上司様。ああ、なぜにこの人たちは全体最適を考えられないのか。自分さえ良ければそれでいいのか。

「雁首そろえやがって。自分ならこんな組織は作らない。お前らの役は俺にも出来る。だから俺が体現してやる。」

　旧態依然とした組織への不満。まるで反抗期の少年みたいな年上全般に対する不信感。自分なら出来るという過信。これは理由1とリンクしているかもしれない。</p>




<p>　他にもたくさんの理由があったと思う。社会的信念とは程遠い「欲」が。

　「自らを省みることを知らない、若さゆえの過信」

　そんな風に言ってしまえばそれだけのこと。でも自分は、その自分の本質を持って、とにかく社会に挑んでみたい気持ちがあった。だから、

「思いつきで飛べばいいじゃん」

　そんな軽い気持ちで、私は、目をつぶりながら飛んでみることにしたのだった。</p>]]></description>
            <link>http://frozenmilk.net/2010/06/post-606.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">日常雑記</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 27 Jun 2010 23:47:07 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ヨーロッパユニバーサリスIIIプレイレポ - サムライジャパン編 vol.2</title>
            <description><![CDATA[前回の続きですよ。

<h2>1463年7月18日～ 天心天皇（行政：8 軍事：6 外交：5）の時代</h2>
<h3>1469年5月　マカッサルに侵略開始</h3>
<p>南方資源の確保！とかわけのわからないことを言いながらマカッサルに宣戦布告し進軍開始。マカッサルの同盟国であるブルネイ、スールーとも交戦状態になる。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://frozenmilk.net/2010/06/22/eu3-000000.JPG"><img alt="eu3-000000.JPG" src="http://frozenmilk.net/assets_c/2010/06/eu3-000000-thumb-400x392-57.jpg" width="400" height="392" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>

8月にマカッサルを占領。併合すると世界中のスンニ派に恨まれちゃうかもとか怖いこと言われたので和平交渉を行い、マカッサルを強制的に属国化させる。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://frozenmilk.net/2010/06/22/eu3-000001.JPG"><img alt="eu3-000001.JPG" src="http://frozenmilk.net/assets_c/2010/06/eu3-000001-thumb-400x116-59.jpg" width="400" height="116" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>

ついでに賠償金50ダカットを支払ってもらうことにした。マカッサルは当然この交渉を受け入れることに。ひどいことしてるなあ。残りはブルネイとスールーだ。

といいながらブルネイに上陸したら大軍にやられて敗走。しばらく回復のため待機。その後1472年10月にスールーを強襲、属国化と賠償金50ダカットを入手。</p>

<h3>1475年2月　ブルネイ全土を占領そして属国化</h3>
<p>ブルネイ全土を占領するも属国化は拒否される。かくなるうえは残存兵の殲滅じゃ！といいながらかなりの兵力を削って再度交渉したら属国化OKだって。</p>]]></description>
            <link>http://frozenmilk.net/2010/06/iii---vol2.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ヨーロッパユニバーサリスIII</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 22 Jun 2010 22:50:27 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ヨーロッパユニバーサリスIIIプレイレポ - サムライジャパン編 vol.1</title>
            <description><![CDATA[スウェーデンのゲーム会社で「<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%96">Paradox Interactive</a>」という会社がある。Hearts of IronやVictoriaといった、世界から1つの国家を選んで、ある特定の時代をプレイできるゲームを精力的に開発している会社なんだ。

その当時の国力をそれなりに反映していて、弱小国家はずっと弱小国だし、いや、そうでもないといえばそうでもないし、強国は世界征服を目論むことができたりもするし、歴史の「IF」を体験できる。

今現在、歴史シミュレーションゲームを開発している会社で最も勢いがあり、面白いゲームを開発している会社といっても過言じゃないかなあ。

今回は、そんなParadox Interactiveが2007年にリリースした「ヨーロッパユニバーサリスiii」をやってみることにした。（ずいぶん前にやったけれどやり方すら忘れている状態）

国家は我らが日本を選択。時は1453年（享徳2 年/皇紀2113年）。この頃のヨーロッパの出来事としてはコンスタンティノープルが陥落し、東ローマ帝国が滅亡。日本では足利義政が室町幕府第8代将軍だった頃、つまり室町時代ですね。

<h2>1453年5月～ 後花園天皇（行政：3 軍事：3 外交：3）の時代</h2>
<p>周りの国の様子を見てみると、琉球が明の属国になっている。琉球はチャイナよりもサムライジャパンの庇護に入れたほうが入れたほうが良さそうな気もする。明が怖いけれど、とりあえず片付けてしまおう。</p>

<h3>1453年6月　遠方の国に宣戦布告</h3>
<p>戦争税が欲しいためにチャガタイに宣戦布告。同時にシビーリとも交戦状態に。まあ交戦の可能性すらない遠方の国からいきなり宣戦布告されたらびっくりだよね。</p>

<h3>1453年9月　琉球に宣戦布告</h3>
<p>さして大義名分もないまま琉球に宣戦布告し、上陸し戦闘を開始。琉球軍1,000に対してこちらは騎兵2,000、歩兵3,000。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://frozenmilk.net/2010/06/20/san10-000015.JPG"><img alt="san10-000015.JPG" src="http://frozenmilk.net/assets_c/2010/06/san10-000015-thumb-400x259-53.jpg" width="400" height="259" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>

あっさりと勝利。

琉球に宣戦布告したことにより、当然、琉球の宗主国だった明とも交戦状態になってしまった。かの国と全面的に戦うほど今のサムライジャパンには国力がないでござるよ。

その後琉球を狙う明軍などと複数回交戦。侵略してくる際は弱小な海軍でしか攻めて来ないため、多くの船団を撃破することに成功した。</p>

<h2>1453年6月28日～ 定篤天皇（行政：6 軍事：4 外交8）の時代</h2>
<p>後花園天皇が崩御され、定篤なる天皇が即位。完全にIFな世界が始まった感がある。定篤天皇は外交値が高めだが軍事値は低め。</p>

<h3>1454年11月　朝鮮と同盟を締結</h3>　
<p>明と交戦中に仲間が欲しいなあ、と思っていたため朝鮮と婚姻関係を結ぶ。その後すぐに同盟を提案され、これを承諾。日朝同盟締結の日が来たのです。かの国が好きとか嫌いとか、そういうのは関係なしにですよ。

以後、沖縄沖や天草沖での数回の会戦や、唐突に肥前や豊後に上陸してくる明の軍を各個に撃破するなど、本土防衛に終始することに・・・。

明を適度に打ち砕き、琉球との主従関係をなくして日本が琉球を併合することを当面の目標にする。痛みわけの和平ばかり申し込んでくる明。とりあえず無視。</p>

<h3>1458年2月　台湾に上陸</h3>
<p>明との戦争も埒が明かない状態。だけれど国土を広げたい野心はあるので、どこの国にも植民化されていない台湾に6,000名ほど上陸させてみた。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://frozenmilk.net/2010/06/20/san10-000016.JPG"><img alt="san10-000016.JPG" src="http://frozenmilk.net/assets_c/2010/06/san10-000016-thumb-400x374-55.jpg" width="400" height="374" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>

先住民との戦いでは多くの命を落とすものの、士気で勝る日本軍の勝利にございます。その後原住民と数回戦闘を行ったうえで殖民のために入植者を送り込む。同年11月に台湾の植民地化が成功した。</p>

<h2>1463年7月18日～ 天心天皇（行政：8 軍事：6 外交：5）の時代</h2>
<p>明のガレー船団60隻に制海権を奪われつつあるのがちょっと。海軍増強は日本の命題なのね。</p>

<h3>1464年7月　明と和平</h3>
<p>で、今更ながら琉球にこだわって明とにらみ合いを続けるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。もっと南方資源をごっそりいただいたほうが特が多いし、明なんてあとで叩けばいいじゃないすか。ということで痛みわけにて和平することにした。琉球とも休戦状態に入るため、琉球から部隊を撤退。</p>

<h3>1465年1月　マラッカに宣戦布告</h3>
<p>お金が欲しいんだよね。だからマラッカ行かなきゃ。なんて具合に宣戦布告した。日本&朝鮮連合軍vsマラッカ&アチェ&ブルネイ連合軍という構図に。太平洋戦争みたいな・・・。パハンから入り、マラッカを目指す。<p>

<h3>1466年10月　マラッカと和平</h3>
<p>深入りしたら連合軍にやられそうな気配があったので和平申し入れ。ジョホールとバハンを割譲してもらった。さして価値もない土地であるのは間違いないけれど、南方に出来た足がかりってことにしておくよ。</p>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ヨーロッパユニバーサリスIII</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 20 Jun 2010 01:04:41 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>久々に感動した「はやぶさ」のこと</title>
            <description><![CDATA[<script type="text/javascript" src="http://cdn-akm.vmixcore.com/vmixcore/js?auto_play=0&player_name=uvp&width=512&height=332&player_id=1aa0b90d7d31305a75d7fa03bc403f5a&t=10361a078c3d0f6251f83be7d4c1ffc7"></script>

幾度の困難を越えて、そして数々のミッションを達成して地球に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」。開発に携わった方も、運用に携わった方も本当にすばらしい成果だと思います。お疲れ様でした。

私はといえば、まずは大気圏突入直前に、最後の踏ん張りで地球を撮影できていた「はやぶさ」にもう感動してしまってたまらない。

それで「はやぶさ」について色々なサイトを見て、"サンプラ担当、SV、回収隊・方探班本部、科学・輸送班　矢野 創さん"のはやぶさに宛てたメッセージを読んで、、、、うわぁ！これで二度目の感動ですよ。

<ul>
	<li><a href="http://hayabusa.jaxa.jp/message/message_042.html">関係者からのメッセージ│はやぶさ、地球へ！ 帰還カウントダウン</a></li>
</ul>

本当に感動的な、素晴らしいメッセージですので、是非読んでみてくださいな。]]></description>
            <link>http://frozenmilk.net/2010/06/post-605.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">宇宙</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">日常雑記</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 14 Jun 2010 20:14:15 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ついでに見てきた「浜川砲台跡」</title>
            <description><![CDATA[大井埠頭でBBQをやることになり、運動がてら五反田界隈から歩いて向かうついでに京急の立会川駅界隈を通った。

「立会川」といえば僕にとっても馴染みが深い川で、なぜかというとうちの実家の前が立会川だったから。でも実家の前の立会川は暗渠化されて遊歩道になっていたので、「川」としての姿は見たことがないんだなこれが。

立会川駅あたりは元々土佐藩の下屋敷があったところで、江戸の千葉道場に剣術修行に来ていた頃の若き日の坂本龍馬が黒船来航時に警護にあたった、と言われているところ。だから駅前の公園には坂本龍馬像があったりする。

<a href="http://www.flickr.com/photos/frozenmilk/4695314637/" title="坂本龍馬像 by mittyoi, on Flickr"><img src="http://farm5.static.flickr.com/4064/4695314637_9aa467552f.jpg" width="333" height="500" alt="坂本龍馬像" /></a>

龍馬伝ブームにあやかって、街は大々的に龍馬ゆかりの地をアピール。実際に観光に来ている人も多かった。

近年分かったことらしいけれど、土佐藩は黒船への砲撃用（といっても飛距離100mくらいしかないみたい）に浜川砲台を構築している。それがこれ。

<a href="http://www.flickr.com/photos/frozenmilk/4695315777/" title="浜川砲台跡 by mittyoi, on Flickr"><img src="http://farm5.static.flickr.com/4063/4695315777_c04830a083.jpg" width="500" height="333" alt="浜川砲台跡" /></a>

跡といっても工事の際に出土した礎石を集めたものなんだ。立会川商店街の方が「ぜんぜん大したことないけれど見ていってくださいね～」って言ってた通り、この石だけ見ればたいしたことないかもしれない。でも僕は単に記念碑目当てなわけでもない（ついでだけど）。あの龍馬が歩いた地であるとか、当時を想像しながら歩くとまあなかなか良いところだなぁと思った次第にございます。

史跡ってどこもそういうものじゃないかな。当時の情景を思い浮かべ、想像し、その想いに耽る場所。つまり妄想スポットね。]]></description>
            <link>http://frozenmilk.net/2010/06/post-604.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">日常雑記</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">歴史</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 13 Jun 2010 20:12:09 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>沙摩柯日記 - 三国志10プレイレポ part.4</title>
            <description><![CDATA[力の均衡からこう着状態に陥った中原。霊山巡りを止め、脱ニートを果たし、四兄弟の末っ子にもなった沙摩柯（涼州武威在住の39歳・独身）が今、再び戦乱を生み出していく（かもしれない）。

<h2>206年4月　沙摩柯、夏侯淵軍を誘引しこれを撃破す</h2>
<p>狄道にいつの間にか砦を構築していた曹操軍を強襲。その後すぐに夏侯淵軍が援軍にて到着した。その数およそ8万。一方、狄道砦を強襲した沙摩柯軍は6万、かつ武将は沙摩柯のみという状態。これは勝てませんわ～、と、なんの攻撃もせずに即時退却する。

するとそれにつられて武威まで進軍する夏侯淵。ふふ、まんまと策にかかりましたね、と、武威の10万の馬騰軍が迎え撃ち、これを楽々撃破。馬騰軍も無傷とはいかなかったものの、天水を拠点とする夏侯淵軍は大打撃を受けた。さらに、この戦いで夏侯淵軍の婁圭（ろうけい）は馬騰軍の捕虜となり、その後馬騰軍に投降。策士といえる人材を欠く馬騰軍にとって、婁圭（知力88）は貴重な戦力となったのでございます。

その後、狄道砦を破壊後、飛び地であり義兄関羽（ひげ）が守備する廬江への異動を進言し、沙摩柯はその居を廬江へと移したのであった。</p>

<h2>208年4月　幾度の曹操軍の猛攻からひたすら廬江を守る</h2>
<p>典韋と一騎打ちしたりもした。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://frozenmilk.net/2010/06/10/san10-000005.JPG"><img alt="san10-000005.JPG" src="http://frozenmilk.net/assets_c/2010/06/san10-000005-thumb-400x397-39.jpg" width="400" height="397" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>

豊富な資源と人材を背景に、倒しても倒しても何度でも攻めてくる曹操軍にはやはりUSAを感じてしまうんだよね。戦ばかりして経験はどんどん増えるけれど、本当にこれでいいのか人生・・・と思う日々。もう42歳だし、なにか打開策打たないと死んでしまいますよ。それにしても沙摩柯さんは誘引にひっかかって猛進し過ぎです。</p>

<h2>208年6月　廬江を奪われ沙摩柯は転職を考える</h2>
<p>ヒャッハー。寿春で情報調査とかやってる間に廬江が曹操軍に攻め落とされちゃったよ。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://frozenmilk.net/2010/06/10/san10-000006.JPG"><img alt="san10-000006.JPG" src="http://frozenmilk.net/assets_c/2010/06/san10-000006-thumb-400x147-41.jpg" width="400" height="147" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>

そろそろこの会社もつぶれそうなので転職を考えたほうが良いんじゃないかって思ってきた。毎日疲弊するような仕事しかしていないし。</p>

<h2>209年7月　退職願を提出</h2>
<p>この会社、つぶれそうだから一身上の都合により退職させていただくことにした。社長は嫌いじゃないし社内の雰囲気も良いんだけれど、なんか夢がもてないから。義兄ひげ男が「お前がいないと張り合いがない」とか退職を引き止めに来たけれど・・・

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://frozenmilk.net/2010/06/10/san10-000008.JPG"><img alt="san10-000008.JPG" src="http://frozenmilk.net/assets_c/2010/06/san10-000008-thumb-400x144-43.jpg" width="400" height="144" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>

ひげがこう言うんだったら仕方ない。残ってやらなくもないぞ。</p>

<h2>215年　その後の展開</h2>
<p>なんだかんだ言って馬騰軍に残ることにした。馬騰勢は曹操、劉璋の所領のいくつかを切り取り、沙摩柯は太守、そして都督に任命されるに至る。だがこの時、曹操はかなりの南征を進めており、劉表亡き後を継ぎ荊州に覇を微妙に唱えていた劉琦勢はいまや滅亡寸前。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://frozenmilk.net/2010/06/11/san10-000009.JPG"><img alt="san10-000009.JPG" src="http://frozenmilk.net/assets_c/2010/06/san10-000009-thumb-400x308-45.jpg" width="400" height="308" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>

蜀を切り取り曹操勢に対抗するか、このまま時代に飲み込まれていくか・・・どうなりますかねぇ。つづく、かも。

注）『三国志X』に関わる著作権、その他一切の知的財産権は、株式会社コーエーに帰属します。</p>

<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=frozenmilkbox-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=B000VRK13S" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=frozenmilkbox-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=B001BOLCP6" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=frozenmilkbox-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=4478003130" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>]]></description>
            <link>http://frozenmilk.net/2010/06/---10-part4.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">三国志10</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 11 Jun 2010 22:33:07 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>沙摩柯日記 - 三国志10プレイレポ part.3</title>
            <description><![CDATA[ニートなのに家には引きこもらずに、ひたすら霊山巡りとやらを続けている活動的ニートとも言うべき沙摩柯さん。そろそろニートやめてもいいかと思ってるんだけど、ある意味働いたら負けかなとも思ってる次第で、ひたすら霊山巡りを続けている。

<h2>199年　劉備と義兄弟の契りを結ぶ</h2>
<p>劉備という男がいる。紆余曲折あり今は袁紹配下になっている男だが、耳たぶが異様に長いことで有名だ。そんな彼には関羽と張飛という義兄弟がいるものの、関羽は一向に曹操配下を出奔して千里行して劉備のもとに馳せ参じる気配もなく、もう一人の義兄弟の張飛はといえば、どこで捕らえられたんだか分からないが、これまた曹操配下になっている。義兄弟は散り散り、耳たぶ男の袁家での居候生活もさぞかし辛いに違いない。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://frozenmilk.net/2010/06/07/san10-000001.JPG"><img alt="san10-000001.JPG" src="http://frozenmilk.net/assets_c/2010/06/san10-000001-thumb-400x143-33.jpg" width="400" height="143" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>

そんな劉備に同情した・・・わけでもないけれど、この劉備と義兄弟になることにした。となると必然的に義兄弟になる関羽と張飛。四兄弟。北斗的四兄弟の誕生である。「我ら生まれし時は違えども」「死する時は同日同時たらんことを願う！」とか言っちゃってる。それ桃園でも言ってたよね貴殿。そして沙摩柯は末っ子の座をGETしたのであった。</p>

<h2>201年3月　涼州にてメジャーデビューを果たす</h2>
<p>時勢をほとんど気にしていなかったら、いつの間にか馬のおっさんこと馬騰がチョベリバな状態になっている。（涼州武威郡、左上隅の国ね）

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://frozenmilk.net/2010/06/07/san10-000002.JPG"><img alt="san10-000002.JPG" src="http://frozenmilk.net/assets_c/2010/06/san10-000002-thumb-400x308-35.jpg" width="400" height="308" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>

皇帝を抱え込み、第二次大戦後半のUSAのごとく快進撃を進める曹操軍にかなり追い詰められていて、馬騰はいつの間にか涼州に一国しか統治していない状態になっている。馬騰といえば筋肉騎馬軍団の頭領で、武力高めな武将が多い（気がする）。

その筋肉馬鹿改め猛者集団を創造したときに、ああ、そう考えてみれば、沙摩柯って実は馬騰配下にお似合いなんじゃないか？と思ってきた。

まだまだ能力は上げ足りないくらいだけれど、なんというか筋肉仲間が滅亡してしまうのは惜しい。そんな理由で馬騰に仕官したのが西暦201年3月のことであった。沙摩柯曰く「武芸にはいささか自信があります」で、馬騰からは「願ってもない話だ」と仕官を受け入れてもらった。まあ彼とは談話を繰り返して親密な関係になってたからね。これでインディーズでの活動を終えてメジャーデビュー。</p>

<h2>201年8月　義兄弟終結す</h2>
<p>そういえば耳たぶヤクザ（劉備）と義兄弟の契りを結んだんだった。これを悪用するしかない。ってことで、あいつらをかき集めることにした。

まず関羽。別名「げえっ関羽」。曹操配下でおとなし劉備を想っているだけならまだしも、なぜか廬江の太守やってる。ずかずかと宮城に上がりこみ登用、即OK。凄いな義兄弟。相当な飛び地だが、廬江は馬騰の領地に。いつまで関羽一人で持つかなあ。

続いて張飛。こいつも曹操配下で、今は濮陽にいる。城の衛士は強行突破して楽々登用。

最後に長兄劉備も登用。沙摩柯みたいな第三者がいないと再会すら出来ない義兄弟たちの絆って、たいしたことないんじゃないの。</p>

<h2>203年5月　また霊山巡りに勤しむ</h2>
<p>あれですね、馬騰の配下とかやっていると能力を向上させている余裕などなく、ひたすら兵の補充や訓練を繰り返すという、ちょっとした蟹工船な日々が続いてですね、在野の士すなわちニート時代が懐かしく思うわけですよ。

馬騰勢力も沙摩柯のおかげで西平を奪還、あとは廬江と武威で3国の所領があるわけで、しばらく放置していても滅びることはないんじゃないかなあ。第一実際に沙摩柯が活躍したのってもう少し後の時代だし。

ということで成都に帰還して酒家で霊山巡りを請け負って巡り巡る日々を過ごす。霊山を巡った後で期限切れを待たなければならないので、その期間はちゃんと武威で兵を補充したり訓練したりして働く。なんとなく、パートタイマーな気分。</p>

<h2>205年8月　こう着状態に陥る</h2>
<p>馬騰、曹操、袁紹、孫策、劉表の5強が互いに睨み合い、すっかり戦争をしなくなってしまった。中原に平和が訪れたわけではなくて、微妙な兵力バランスを保ってるからどこの国も攻められない状態みたい。

この状況を打破したいなあと思い、馬騰に戦争を進言しても「その時ではない」などと断られる。この偽善者のフリした馬親父め！で、この状態を打破する方法は・・・そうか、あれだね、あれしかないよね。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://frozenmilk.net/2010/06/07/san10-000003.JPG"><img alt="san10-000003.JPG" src="http://frozenmilk.net/assets_c/2010/06/san10-000003-thumb-400x454-37.jpg" width="400" height="454" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>

あ、武力は98+2までいきました。もう育てなくて宜しいかと思う次第。未だに生きる道を模索しているが、今は馬騰配下の武官。</p>

<h2>余談</h2>
<p>先日拾った「ニートくんのものらしき羽扇」は、親密になるために誰かにあげた。つづく。

注）『三国志X』に関わる著作権、その他一切の知的財産権は、株式会社コーエーに帰属します。</p>

<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=frozenmilkbox-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=B000VRK13S" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=frozenmilkbox-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=B001BOLCP6" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=frozenmilkbox-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=4478003130" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>]]></description>
            <link>http://frozenmilk.net/2010/06/---10-part3.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">三国志10</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 07 Jun 2010 22:08:09 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>沙摩柯日記 - 三国志10プレイレポ part.2</title>
            <description><![CDATA[とりあえず目的がないので見聞を広めたり酒場で依頼事を受けて過ごしてみる。お金にもなるし名声も増えるし経験にもなり、場合によっては能力も上げられる。

でも知力27、政治13な沙摩柯さん。こっち方面を延ばすのは相当に無理な話なので、武力を高めて筋肉馬鹿になることを目指そうかな、と。筋肉馬鹿といえば治安経験を高めるのがいいんじゃないかな、と。あとは沙摩柯さん蛮族の王だけあって私兵として蛮族兵隊を持っていらっしゃるので、こいつを使って何かできないかなあ。

<h2>とりあえず成都に引っ越す</h2>
<p>武陵って何にもないし人もいないし誰にも統治されていないから寂しい。依頼も普通だ。なので少しは賑やかな成都に転居することにした。ちょっとは友達を増やしたい。

そんな感じに成都に移り住んでからは、友達を増やすどころかごろつき退治やら南蛮夜盗退治、農地の岩をひたすらどかす仕事など、筋肉で圧倒するタイプの依頼ごとばかりを受けてみる。黙々と働く。</p>

<h2>霊山巡りで能力を高める</h2>
<p>ふぉ、ふぉ、ふぉ。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://frozenmilk.net/2010/06/06/san10000001.JPG"><img alt="san10000001.JPG" src="http://frozenmilk.net/assets_c/2010/06/san10000001-thumb-400x144-29.jpg" width="400" height="144" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>

酒場の依頼ごとで「霊山めぐり」てのがあった。なんでも5つの霊山をめぐるツアーをやってこい、って依頼だ。この依頼について調べてみたら、5つの霊山をすべて巡ったタイミングで全能力+1されるらしいのね。しかも全能力が+1された後、酒家へ報告せずに時間切れを待てば何度でもこの依頼を受けることが可能だという。ちょっとインチキチックだけれど霊山巡って仙人パワー。これでちまちまと能力高めることにしよう。ちなみに長安の東の「華山（カザン）」、薊（ケイ）の西の「恒山（コウザン）」、平原の南の「泰山（タイザン）」、許昌の西の「嵩山（スウザン）」、長沙の南の「衝山（コウザン）」の順に巡ると効率的みたい。

まあ期限切れてから酒家に報告すると「ずっと待ってたのに・・・」て相当がっかりされるけどね。</p>

<h2>江陵で黄忠に師事、あとは厳興と曹仁にも</h2>
<p>霊山巡りの期限が切れるまでの暇つぶしに寄った江陵に黄忠がいた。老いてますます盛んってどんだけだよ、ってことでこの人に武芸を師事して「回復」のスキルを身につけようと思い、みっちり師事を受ける。

で、「回復」を教えてくれることになったんだけれど、教えるのには一騎打ちで勝てとかいいやがんの。年寄りのくせに。こっちは武力87、黄忠さん武力94。3回挑むも3回とも敗退。ちくしょう。

その後気がついたんだけれど、自分より武力の低い人から教わればいいんだよね、これ。孫策軍の厳興さんと仲良くなったので、彼を一騎打ちでぶった切り、「回復」の極意を得た。あとは一騎打ちを30戦こなすと覚えられるようになる「気炎」と、一騎打ちで30勝すれば覚えられるようになる「螺旋」については濮陽の太守をやっていた曹仁さんから教えてもらった。これで一騎打ちで使用するスキルは全て覚えたことになる。

そういえば曹仁って、なぜか小太りでヒゲなイメージがあるなあ。</p>

<h2>余談</h2>
<p>成都近郊で羽扇を拾った。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://frozenmilk.net/2010/06/06/san10-000000.JPG"><img alt="san10-000000.JPG" src="http://frozenmilk.net/assets_c/2010/06/san10-000000-thumb-400x283-31.jpg" width="400" height="283" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>

あ、これってまさか、まだメジャーデビューしていないあの伝説のニートくんのものじゃ・・・。つづく。</p>

注）『三国志X』に関わる著作権、その他一切の知的財産権は、株式会社コーエーに帰属します。

<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=frozenmilkbox-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=B000VRK13S" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=frozenmilkbox-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=B001BOLCP6" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=frozenmilkbox-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=4478003130" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">三国志10</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 06 Jun 2010 22:06:16 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>沙摩柯日記 - 三国志10プレイレポ part.1</title>
            <description><![CDATA[なんとなくゲームのプレイレポとか書いてみようかなと思ったので書いてみる。

今回は三国志10。かれこれ発売して6年くらい経つんじゃないかな。コーエーのここ数作の三国志シリーズは武将を選択して武将プレイを楽しむものと、君主プレイを楽しむものとが交互にリリースされている。最新作は11で、こっちは君主プレイのもの。今回は武将プレイです。

微妙な武将のほうが楽しいだろう、ということで「沙摩柯（呼び名は「しゃまか」とも「さまか」とも）」を選択。異民族（ミャオ族説あり）の王にして真顔碧眼。三国志演義では、呉の名将甘寧を射抜いて殺した人。そして最後には周泰と一騎打ちの末、討ち取られてしまう人。ちなみに三国志正史にはほとんど登場シーンなし。つまり、蜀の呉討伐に参加したこと以外の事実については記録がなくて、その生き様について知られていない人なんだよね。

時は西暦194年3月、場は武陵。このとき沙摩柯は28歳にして在野武将。どんな人生を送るんですかねえ。つづく。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img src="http://frozenmilk.net/assets_c/2010/06/san10000000-thumb-400x456-26.jpg" width="400" height="456" alt="san10000000.JPG" class="mt-image-none" style="" /></span>

注）『三国志X』に関わる著作権、その他一切の知的財産権は、株式会社コーエーに帰属します。

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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">三国志10</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 06 Jun 2010 17:44:07 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>パラノーマル・アクティビティ(監督：オーレン・ペリ)</title>
            <description>たまには怖い系でも観ようかな、と思って選択。スピルバーグが絶賛したとかなんとかでアメリカで話題になったホラー映画。

日本でもそこそこ話題になったと思うけれど、これ、そんなに怖くない映画だったからか、大ヒットとまではいかなかった記憶がある。

演出でびっくりさせて怖がらせる作品ではなくて、音であったり話の進行であったり、徐々に観ている側の恐怖心を掻き立てていくような作り。でもオチが唐突で多くを語らずに終わるので、そういうオチが嫌いな人も、そうでない人もなんとなく肩すかしを食らった感じはするんじゃなかろうかね。

話としてはうーん微妙だ、というのが正直な感想ではあるけれど、ベッド脇に主人公かつ被害者の女を数時間立たせてそれを早送りで観せるシーンとか、ラストあたりの演出部分はおおっ！？と少しだけ思うシーンがあったので、まあ今後に期待な監督さんですよ。</description>
            <link>http://frozenmilk.net/2010/06/post-603.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">映画</category>
            
            
            <pubDate>Sat, 05 Jun 2010 23:57:05 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ライフ・イズ・ビューティフル（監督：ロベルト・ベニーニ）</title>
            <description>時代は第二次大戦時。サプライズ連続な出会いを通じてしまいには略奪婚を果たす天真爛漫な三枚目な男が主役。その彼が築いた明るく楽しい家族が、時代の波に飲まれナチの強制収容所に収監されてしまう。ただ彼がユダヤ系イタリア人ってだけなのにね。そんな悲しい時代背景。

主役にして監督のロベルト・ベニーニ。イタリアのチャップリンだなんて呼ばれているらしい彼がすさまじい。しゃべりまくり、しゃべりまくり、しゃべりまくる。口から生まれたんじゃないかなってくらいのマシンガントーク。これがまた面白いんだな。わが子に対して、収監されているという辛い事実をあえて曲解させるために偽のドイツ語の通訳で嘘をつくシーンがあるんだけれど、このシーンなんかは彼の真骨頂だと思う。懸命さを微塵とも出さずに、あくまでもわが子を楽しませようとする親心。これは泣けますね。

暗い映画になり勝ちな、とても辛く悲しい時代背景を、あくまで天真爛漫なストーリーに、ユーモアに富んだ脚本と演出で魅せているところが本当に感動的な名作です。</description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">映画</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 01 Jun 2010 00:47:26 +0900</pubDate>
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