我が家系は何故か戦闘民族なため、幼少期に親からは「やられたらやり返せ」との教育を受けるなどした。
ハムラビ法典よろしくなこの方針は普通に考えて「とても良いものとは思えない」が、結局そのような教育を受けて育った子供はどうなるかというと、「やられたらやり返さないと気が済まない」という気質で育つ。
とても良くなくて、それは
- 一度終わった話を蒸し返す
- 言わなくていいことを追加で言う
- 意味もなく倍返し
みたいな形になり、完膚なきまで精神的に叩きのめすとか、相手によっては闘争が闘争を生むので解決には至らなかったり、関係性は修復不可能になる。それが悪い面である。遺恨を残すのだ。
良い面と言えるかもしれない点は、一度拗れた関係を無理に戻そうとは思わない点である。
人は誰ともうまくやるべきだ、仲良くすべきだ、みたいな民族社会では生き難くもあるが、本質的には人と人はそれぞれ違うものであるわけで、全員とうまくやる必要はないし、うまくできるものでもない。
そのうえで、社会性とはそれなりに他人と上手く過ごす能力なのだろうが、社会性に富むことと没個性は比例するものでもあって、没個性は最終的にはその人の価値を薄めることにもつながってしまうので、それはそれでよくない面もある。
なので全てほどほどに上手くやって、ほどほどに怒る時は怒って、あまり他人に関与せずに適当に生きることが一番ハッピーなんだと思うが、これがまた無理なんだよね。辛くないカレーみたいな生き方だし。
話を戻すが、やられたらやり返せ主義はマジで遺恨しか生まないし、その遺恨は消えることがなく未来永劫続くので基本的にやめたほうがいいです。
じゃあやられたらどうするのがいいかと言うと、やり返さないと気が済まないとかではなく、とりあえずその相手と関係を断つとか、断固として無視するのが無難でしょうね。面倒くさいし。
そしてやり返さないと済まない気持ちは、別でアウトプットするのです。ロックってそういうのから生まれたんじゃないの?知らんけど。