城攻め:山中城

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静岡県三島市にある山中城を攻略した。なるべく早い時間から行動したかったため、三島までは新幹線にて移動。

現地までの移動手段
山中城までの移動手段としてはバスを選んだ。三島駅の南口のバス停5番乗り場から元箱根行きに乗車し、山中城までおよそ30分程度となる。ちなみに三島駅の新幹線側出口は北口で、こちらもバス停があるが、山中城にはこちら側からは行けない。あと三島って何もないと思ってたんだけど、南口側はそこそこ発展してたのね。

100名城スタンプは売店に
スタンプはバス停すぐそばの売店(蕎麦屋)内に設置されている。若干わかりずらい。あと売店が始まる前にも押せるようになのか、入り口のところにも筒状のケースに入ったスタンプが吊るされていた。

障子堀と畝堀
山中城は土の城で、箱根旧街道を飲み込む形で構築されている。天然の要害で、山城を築城するのには最適な土地だったんだろう。遺構としては深く見事な堀、曲輪、土橋が見られる。うち堀は単列、副列のものがあり、それぞれ畝堀、障子堀と呼ばれるもの。後北条氏の城址によく見られるのが障子堀で、後北条氏流築城術と言われるけれど、実際他国でも使われていたケースがある模様。

なお、山中城は秀吉の小田原攻めに備えるべく、より強固な防御とする工事を行っている最中に数万の大軍にて攻めたれられ、半日程で落城したそうな。

どうやって攻略するか
恒例の攻めにくさ診断。実際自分ならどうやって攻略するかなんだけれど、当時は関東ローム層剥き出しの山城だったらしく、非常に滑りやすい状態だったんだとか。急斜面の堀を人手で登るのは恐らく不可能で、かつ深い堀に梯子などの登攀道具を用いるのは難しい気もする。障子堀や畝堀のデメリットは、その畝部分が橋の役割となり歩くことができてしまう点だとおもうが、この城の堀は畝から上までもなかなか深い。

結局、大手から正攻法で力攻めしかないんじゃなかろうか。あるいは狙われてもいいくらいの大軍で、畝伝いによじ登って曲輪を攻略するのもいいかもしれない。

城ついでに箱根旧街道
城址を順当に廻って本丸、兵糧庫跡を進んでいくと国道一号線に出る。渡って反対側に鰻屋があり、その左横に酒好きだった雲助の墓とともに、箱根旧街道となっている。ここから箱根峠を経て芦ノ湖畔にある箱根関所まで歩いてみた。登り下り6.7km程度、大体2.5時間のハイキングとなる。

箱根旧街道は滑りやすいローム層だったため江戸期に舗装され、坂となっている部分には石畳が敷かれた。さすがに旧街道だけあってその趣はなかなかのもので道も歩きやすいが、アップダウン(というか大半は登り)は適度にあるため正直なかなかしんどい。運動不足解消にはもってこい。まあ芦ノ湖方面から三島方面、山中城に下るコースのほうがはるかに楽だと思う。

昔の人ってやっぱりすごい
築城術から見えるもの、時代は異なれど街道を歩いてわかるもの。それは全て人手を介して行われていたという当たり前のこと。重機なんてなかった時代、人はその手足で野山を切り開いた(まあ牛馬は使っていただろうが)。

山を深く削り堀とし、土を盛り土塁にしたり、山代にとって重要な水資源を確保するために川を引き入れたり池を作ったりしたんだよね。

また街道についても切り開き、旅人の往来を保護するために松や杉の気を街道沿いに埋めて木陰を作り、また土砂崩れを防いだ。

その結果、商業やあらゆる文化が発展することにも繋がる。ひいてはその道は、現在へとつながっている。そんなことを考えると、やはり敬意を表せざるを得ないね。

先人は実に偉大だ。過去の歴史があって今がある。感謝し喜びながら今を生きよう。
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