大洲藩は勤王一筋の藩だったらしく、幕末史を学ぶ上においては、その名を目にすることが多い藩である。
坂本龍馬の「いろは丸事件」で有名な「いろは丸」の所有藩は大洲藩だった。大洲は海に面していないにも関わらず、軍艦を保有していた藩だったのだ。また、鳥羽伏見の戦いや戊辰戦争にも参加している。6万石といえば小藩に分類していい規模かと思うが、藩の規模に関わらずに目立つ存在である。
そんな大洲の本城である大洲城。なんと廃藩置県による廃城が進む中、地元住民による保護もあり、明治21年まで城の破却が行われていなかったらしい。その後老朽化により破却されたが、2004年に伝統工法をもって城を復元している。つまり白河小峰城、掛川城と並ぶ、平成の木造復元天守の一つなのだ。

遺構の規模は小さいが、しっかりと整備はされていて初心者には優しい城になっている。お城ファンには物足りないかもしれない。
ユニークだったのは旧大手門のあたりの枡形の構造が残されていたことだ。その名も枡形通りだとか。見た目こそはかつてと全く異なっているが、車で駐車場に向かう際には、車で大手門の手前まで行き、駐車することになる。
つまり、現代においても下馬せずに大手を通ることはできないため、下馬して大手を通るという形になるのだ。これを楽しめる人には、是非楽しんいただきたい。