青春とバンド人生の象徴

今日は川崎で久々のスタジオ練習をしてきた。かつては最低週一度は入っていたスタジオ。久々大きな音でギターを弾くのは気持ちよかった。

ところで、僕の使用しているFender社のJaguarというギターについて少し書いてみる。

このギターは僕が18歳後半の頃、父の仕事の手伝いをして得た初給料で購入した。元々僕の幼馴染の弟が同じギターを使っていて、それを借りて弾いたことがあり、とても使いやすいギターだなあと感じており、そしてその当時(今も)大好きだったNIRVANAの故カート・コバーン氏が使用していたモデルでもあったため、購入した。購入するときはサトシに付きあってもらい、御茶ノ水のイケベ楽器かどこかで購入したのだった。・・・サトシは今も元気だろうか。相変わらず世界中を旅して歩いているのだろうか。

Jaguarを購入後、僕はどのバンドでもずっとこのJaguar一本だけを使用した。調子が悪くなったときもリペアに出して、ギターは友達から借りたのを使い、新しいギターを購入することはせず、僕はリペアからJaguarがあがってくるのを待った。他にギターを買わなかったのは、まだ弾きこなせていないからという理由もあるし、当時お金がそんなになかったという理由もあるし、なによりこのJaguarがとても気に入っていて、とても大好きで、愛着があり、他のギターに目がいかなかったというのが使用し続けた理由だと思う。本当に僕はこのギターが大好きで、まさに僕のバンド人生、青春を象徴するモノといえる。

でも今日、スタジオ練習の帰り道で、良からぬことを考えてしまった。

次のライブでこのギターを上手く弾きこなせなかったら、ステージ上でこの大好きなギターを跡形も無く破壊して、僕は二度とバンド活動やギターを弾くのをやめよう・・・なんて考えてしまった。

僕にとって音楽は命と同じくらい大切で重みのあるものだけれど、歳をとると共に消えていく音楽やバンドへの情熱や意気込みに、我が事ながら嫌気がさして仕方が無い。どうしてこんな風になってしまったんだろう。かつて若かりし頃にあったバンドや音楽にかける情熱は、いったい何処に消えてしまったんだろう。

このまま歳をとったら、いつしかギターを手にすることも、ロックを聴くこともなくなるのかもしれない。そんな風に考えたら、いっそのこと少しでも情熱が残っている今に、僕の音楽の象徴であるJaguarを破壊して、永遠のものにしてしまおう・・・なんて、考えてしまった。そう、僕にとってNIRVANA,自殺したカートの魂が永遠の存在であるように、ギターも永遠になるといいな、なんて。

きっとみんなが客観的に、現実的にこのことを考えたら、破壊するなんてとても意味の無いことで、間違ってるって言うに決まってるけれど、僕は、真剣に悩んでる。大切なものだから、できれば壊したくはないけれど、今は色んな物事に決着をつける時期なのかもしれないと心の中で思ってるから。

というか、そのくらいの覚悟がないと、ライブは成功できない。いい加減、全てのことにおいて適当には生きたくない。型にはまるわけではないけれど、自分の意思をしっかり持ち、自分の道を誰に進められるわけでもなく自ら歩んでいきたい。自分で決めたことには責任を持ち、必ず実行したい。それが、人の強さであるならば、僕は強い人間でありたい。