運を鍛えることについての考察

たまにどうでも良いようなことを考えてしまう癖があるのだが、それが本来のこの雑文ブログのネタなんじゃないかって思う。今日のお題は、運を鍛えるってどういうことなのかなと。そもそも運とは何だろう。

オカルトなことはウンモ星人止まりで専門外なので、そっち方面の人におまかせするとして、まず運とは何かということなんだけれど、これはもう概念のようなもので、説明することが難しく感じる。但し、「運が良い」ということについては、こんなふうに考えればわかりやすいのかもしれない。

運の良さとは、即ち「最適なタイミングで最適な意思決定を行い、最良の結果を得る能力」なのだと。チャンスをチャンスとして捉え、それを最も適切な形に処理して結果を得る能力。

昔やっていた割にはあまり興味のないサッカーに例えると、急にボールが来たときにシュートを決められる決定力。つまり柳沢力。

でも、それっておかしくない?パスは誰にでも必ずまわってくるのか?と。前提が平等でないと、その理屈は成り立たないよ?と。

僕もそう思うんだけれど、そもそもパスは待っていてもまわってこないから(貴方がキングカズな場合を除く)、自分からもらいに行かなきゃならないんじゃないかなあ。

パスをもらうための行動そのものが、言わば運というやつを引き寄せるんじゃないだろうか。で、その運を結果に変えられるかは、決定力そのものです。

何が言いたいかというと、決定力を鍛えることも大事だし、その前提としてパスをもらうことも大事だよねってことと、それでも「でやぁぁー」とか言いながら強引なドリブルで周囲の奴らを吹き飛ばしつつタイガーショットを打てる日向くん最強だよねってことです。

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