ノー・マンズ・ランド(監督:ダニス・タノヴィッチ)

ノー・マンズ・ランド
ノー・マンズ・ランド

posted with amazlet on 07.03.01
ポニーキャニオン (2002/12/18)
売り上げランキング: 24725

1993年6月。ボスニア紛争の最前線。霧で道に迷ったボスニア軍の兵士たち。いつの間にか敵陣に入り込み、気づいたときにはセルビア軍の攻撃が始まっていた。唯一の生存者チキは、なんとか塹壕にたどり着き身を隠す。そこは、ボスニアとセルビアの中間地帯“ノー・マンズ・ランド”。偵察に来たセルビア新兵ニノと老兵士はボスニア兵の死体の下に地雷を仕掛けて引き上げようとする。その瞬間、隠れていたチキが二人を撃ち、老兵士は死に、ニノは怪我を負う。チキとニノの睨み合いが続く中、死んだと思われていたボスニア兵が意識を取り戻し……。

 多くのハリウッドの戦争映画で見られるように「人間が起こす戦争」の愚かさを「血生臭さ」で表現する方法もあれば、ハリウッド作品ではない本作のように「生きている愚かな人間」を中心におき、この上なく皮肉かつユーモラスに表現する方法もある。

 この映画に登場する人物たちには、どことなく緊迫感がない。命がけでもタバコを吸いたがるし、身体の下に地雷がある状態であるのにも関わらず、トイレ(大)に行きたいなどというし、戦場でもドイツ人は几帳面で時間厳守だし、大佐は戦場に女を連れまわしている。

 あれ、戦場ってもっと緊迫感があるんじゃなかったっけ??息のできないような戦場の緊迫感は一体どこに行ったのだろう??
 
 本当は、そんなものはそもそも無いのかもしれない。戦争を起こす理由も、戦場に満ちる緊迫感も、全ては個々の中の恐怖心を起因とした「思い込み」のようなものなのかもしれないのだ。

 ただ、そういった思い込みの恐怖に縛られ、恐怖から生まれた憎しみや怒りに縛られた結果は…傍観者をなんともやるせない気持ちにさせ、「戦争という愚行」を強調することとなる。

 また、舞台となる”ノー・マンズ・ランド(中間地帯)”の風景がとても美しい。劇中にも「美しい国土」といった言葉が出てきたが、まさにその言葉の通りである。ただ、その「美しい国土」が、ますます戦争という愚行を引き立てている結果とっている点が、とてもシニカルに感じられた。