たくさんの人が機嫌よく過ごす9月の前半

 9月に入り、うちの近所もお祭りシーズンが到来。この土日(9月第二週目)と来週土日(9月第三週目)がお祭りで、最初のほうが小山八幡神社・三谷八幡神社の両社祭、次のほうが碑文谷八幡祭礼。今は実家暮らしではないけれど、未だにこれらのお祭りの圏内ではある。

 小学生くらいの頃は両方のお祭りに行った。それぞれ親に「お祭りだから」という理由でお小遣いをねだり、当時そのお小遣いのほとんどを費やしたのは出店の「宝つり」。紐の先にいっぱいおもちゃ(ファミコン本体とかファミコンソフトとか)がぶら下がっていて、それがひとつに束ねられていて、束ねられているうちの紐の一本をひっぱるとお宝がつれる・・・という、どう考えても子供だましなお祭りならではのアトラクション(もしくはギャンブルに近い)に、半分フェイクだと知りつつも見事に騙されていた。みんながダメでも、自分がファミコンのソフトを釣った第一人者になれるかもしれない、なんていう淡い期待を胸に抱き、何度も何度もチャレンジしたものだ。そんな性格は未だに変わってないんだなあ、なんて思う。

 毎回釣れたものはいつの時代のおもちゃだよっていう、どうでもよいものばかり。でも好き。

 うちの近所のお祭りは町内会ごとに御神輿(大人神輿、子供神輿)と山車があって、それぞれ担いだり引っ張ったりしながら、御神輿が二日目の夜に神社に集まってくるというもの。山車はどうだったか不明だけど、たぶん町内会を引っ張りまわすだけだったと思う。

 今日はふらふらしていたのでそんな各町内会のお祭りの雰囲気を肌で感じてきた。すべての人がニコニコしているわけではもちろんないけれど、ほとんどの人はニコニコしている。満面の笑みを浮かべている人もいれば、単に酔っ払っているだけの人もいる。ふくれっ面の人はどこにもいない。無表情の人もいない。子供たちはキャーキャーと楽しそう。

 こんな日は、他にないでしょう。みんながみんな、上機嫌な日なんて。こんなに笑顔が伝播しやすい日なんて。

 ただ、笑顔は必ずしも、誰にでも伝播するものではないんだ。伝播の範囲は、その世界にいて、その世界で一緒に暮らす仲間がいて、そして共有できる何かがあるからこそ。どこか蚊帳の外にいてひとりで笑っているのもいいけれど、誰かと何かを共有して、笑いあったほうが楽しいよね。

 でも、私は蚊帳の外にいる。