世の中はたくさんの「誰か」が作っている

帰り道、夜の寒い中に黙々とごみ拾いをしているおじさんを見つけた。見た感じ、それを生業にしているわけではない。

そんな彼に「なぜごみ拾いしているんですか?」と質問(愚問)すれば、きっとこう返してくるだろうね。

「ゴミが落ちているからだよ」

先日映画で観た、かの革命家チェ・ゲバラにも共通する点。私利私欲を満たすためではなく、自らの想いを実現するということ。たったそれだけのシンプルなこと。でもそれを実行することは並大抵の想いではできない。彼らの想いは、一体どこから来るのだろう?

大袈裟なことを書けば、世の中は人それぞれの私欲だけで回っているわけではないんだろうね。この世界は、ある種の神の見えざる手によって個々の私利私欲が上手く調和されていくほど、都合がいい世界ではない。それでも世の中がある一定の調和を得て、これまで人類が滅びずに繁栄を続けてこられたのは、私欲を満たすことだけを考えている人もいれば、無私の心で自らの意思を貫いている人がいるから。これって玉石混淆っていうのかな。

世の中って、自分が考えている以上にたくさんの誰かが作っているんだろうなあ。そして自分もその一員なんだな、と。

ふと今の自分に欠けている大事なことを気づかされた感じがした帰り道だった。