力の均衡からこう着状態に陥った中原。霊山巡りを止め、脱ニートを果たし、四兄弟の末っ子にもなった沙摩柯(涼州武威在住の39歳・独身)が今、再び戦乱を生み出していく(かもしれない)。
206年4月 沙摩柯、夏侯淵軍を誘引しこれを撃破す
狄道にいつの間にか砦を構築していた曹操軍を強襲。その後すぐに夏侯淵軍が援軍にて到着した。その数およそ8万。一方、狄道砦を強襲した沙摩柯軍は6万、かつ武将は沙摩柯のみという状態。これは勝てませんわ~、と、なんの攻撃もせずに即時退却する。
するとそれにつられて武威まで進軍する夏侯淵。ふふ、まんまと策にかかりましたね、と、武威の10万の馬騰軍が迎え撃ち、これを楽々撃破。馬騰軍も無傷とはいかなかったものの、天水を拠点とする夏侯淵軍は大打撃を受けた。さらに、この戦いで夏侯淵軍の婁圭(ろうけい)は馬騰軍の捕虜となり、その後馬騰軍に投降。策士といえる人材を欠く馬騰軍にとって、婁圭(知力88)は貴重な戦力となったのでございます。
その後、狄道砦を破壊後、飛び地であり義兄関羽(ひげ)が守備する廬江への異動を進言し、沙摩柯はその居を廬江へと移したのであった。
208年4月 幾度の曹操軍の猛攻からひたすら廬江を守る
典韋と一騎打ちしたりもした。悪来野郎。
豊富な資源と人材を背景に、倒しても倒しても何度でも攻めてくる曹操軍にはやはりUSAを感じてしまうんだよね。戦ばかりして経験はどんどん増えるけれど、本当にこれでいいのか人生・・・と思う日々。もう42歳だし、なにか打開策打たないと死んでしまいますよ。それにしても沙摩柯さんは誘引にひっかかって猛進し過ぎです。
208年6月 廬江を奪われ沙摩柯は転職を考える
ヒャッハー。寿春で情報調査とかやってる間に廬江が曹操軍に攻め落とされちゃったよ。
そろそろこの会社もつぶれそうなので転職を考えたほうが良いんじゃないかって思ってきた。毎日疲弊するような仕事しかしていないし。
209年7月 退職願を提出
この会社、つぶれそうだから一身上の都合により退職させていただくことにした。社長は嫌いじゃないし社内の雰囲気も良いんだけれど、なんか夢がもてないから。義兄ひげ男が「お前がいないと張り合いがない」とか退職を引き止めに来たけれど・・・
ひげがこう言うんだったら仕方ない。残ってやらなくもないぞ。
215年 その後の展開
なんだかんだ言って馬騰軍に残ることにした。馬騰勢は曹操、劉璋の所領のいくつかを切り取り、沙摩柯は太守、そして都督に任命されるに至る。だがこの時、曹操はかなりの南征を進めており、劉表亡き後を継ぎ荊州に覇を微妙に唱えていた劉琦勢はいまや滅亡寸前。
蜀を切り取り曹操勢に対抗するか、このまま時代に飲み込まれていくか・・・どうなりますかねぇ。つづく、かも。
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