一昨日の話なので時系列的にはぐちゃぐちゃだが、気にせずに書いて行く。
勝連城。続日本100名城に認定されている城である。日本城郭協会によれば、続日本100名城スタンプラリーは来年2018年4月6日〜とのことであるため現時点ではスタンプを押すことはできない。ゆえに私はもう一度来ることが確定している城の一つなのだ。
勝連城はさながら西洋の要塞のような風貌である。

この日は天気が良かったため、一番かっこよく見える角度かつ日照を考慮した図が上記。iPhoneのカメラは下手なコンデジよりも高性能。なにより光と陰をよく描写してくれる。描写する力はSIGMAのDPシリーズには及ばないが、嫌いではないのでカメラとiPhoneとで構図を変えて写真を二回以上撮る羽目になっている。

勝連城に話を戻すが、アーチ状の石垣の美しさは他のグスク以上だと思う。小高い山の上にあるため、分類としては山城。
現存する縄張りはシンプルなもので郭は三つ。いわゆる大手門、グスクでは正門と呼ばれているようだが、後ろ堅固にして門は大手のみ。ゆえに攻め手は大手からしか攻めることができない。
しかも大手側は湿地帯だったようで、大軍で攻めるのが難しかったようだ。石田三成が攻め落とせなかった忍城もそうだったように、湿地帯に築かれた城は、大軍に対して寡兵で籠城するのに有利である。それに農地として食料も確保しやすい。
だが、このグスクの城主であった阿麻和利は、琉球王府に対するクーデターを起こすも返り討ちに遭い、このグスクも落城したらしい。
らしい、というのには理由があって、城趾に戦災の跡が見られず、はっきり分かっていることが少ないのである。
琉球も内地と同じく歴史が深いが、内地ほどの文献は残されていないため、過去について客観性を持たせて判断するのが難しいということなのだろう。