いまもNIRVANA好きなわけですよ。
あの当時、洋楽を聴いているやつはもちろんのこと、NIRVANAが好きなやつは周りの同世代でもあまりいなくて、概ねMr.Bigとかエリッククリプトンとかエアロスミスとか、まあ少し変なやつでドリームシアターとか、ちゃんとしたやつでパンテラ程度だった(ジャンル順不同)。パンテラとエアロスミスを除けばクソ野郎要素が強くて、全然分かり合えなかったし、こっち側はキレイな音しか聴いたとこがないような、そしてライブじゃなくてコンサートにしか行ったことがないような輩たちに、雑音呼ばわりされていたわけです。
ロキノンで知った「病んだ魂」を本屋で注文して、取り寄せて読んで、ついでにブートレグのCDを渋谷のハンズの向かいのビルにあった店で狂ったように購入して、もちろんビデオも買えるだけ買って、詐欺みたいな雑な隠し撮りのライブ映像を観て興奮して、チャドのドラムがスッカスカだとか、ニューイヤーズ・イブでハッピーニューイヤーって何度も聴いたりとか、ローマでのライブ映像を観て、カートお願いだからこのままライブを続けて、そして死なないでとか、トレーシー・マランダーってなんとなくイメージ良いけど実物見たことがないから会ってみたいとか、そもそもドン・コバーンのせいだとか、もうめちゃくちゃでしたよ。
そんな中で、今更というわけではなく、「今もなお」という形でNIRVANAは若い世代に受け入れられていて、とてもいいなとも思うし、逆に偶像崇拝でファッションパンク(死語)なオサレクソ野郎がNIRVANAのTシャツ着ながら聴いてんじゃねーよとか、どっちの気持ちも持つわけですが、今の子たちも、得体の知れない怒りだとかフラストレーションだとかを持って聴いているのかもしれないし、そもそもどんな形であれカートが今も多くの人たちに影響を与えていて、心の中で叫び続け、生き続けているんだなと思うと胸熱です。死んだけど。
穏やかな夜に身を任せるな。
老いたならば、暮れゆく日に燃え上がり、怒るべきだ。
消えゆく光に向かって、怒れ、怒れ。