城攻め:佐賀城

佐賀は鍋島氏のお膝元。

鍋島といえば、戦国武将の鍋島直茂が著名であるが、鍋島藩こと佐賀藩は幕末には日本初の反射炉、すなわち現在でいうところの製鉄所を建設したり、科学技術振興の点において他藩に抜きん出た存在であったようだ。長崎に近く、幕府よりその直轄領であった長崎の守備を任されていたことが、西欧の先進技術を取り入れることに優位に働いたのだと思われる。

明治政府では薩長のようにリードはできなかったが、官軍側で維新を迎えた他藩と同じように、城の威容を現在に残している。見所は現存する天守台などの石垣のほか、広大な城域内に築かれた本丸御殿跡であり、今はその一部が再建されていて、幕末期には圧倒的な広さであったことが伺える。

言ってしまえば本丸御殿の多くはめちゃくちゃ広い平屋であるのだが、かつては藩主の執務の場でもあり、住居としても機能していたという点では、天守のそれとは全く位置付けの異なるものである。

城の面白さの一つには、軍事拠点としての機能を保ちつつ、時代によりその活用スタイルが大きく変わってくるという点にあって、その点については復元された御殿を持つ城ではよく体感できるため、実は本丸御殿は、復元天守以上に体験スポットとしての価値があるんじゃないかとさえ思う。

佐賀にはバルーン、吉野ヶ里遺跡、唐津、名護屋城など他にも見所はあるが、唐津城界隈は幕末期のアピールがやや強く残り、また、長崎に続くシュガーロードの中継点であった名残からも、和菓子屋が多くて面白い。

思ってみれば、どんなものを見ても面白いと感じる、というのは、教養の有無が関わっている。教えを養う、学ぶということは、多角的な視点を身につけることで、人生を豊かにすることにつながる。

なにがいいたいかといえば、歴史の深い佐賀には見所が満載ということです。行ってみなはれ。

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